さてさて、本日も大学3年の時の続きです。
*****************
不思議なもので、なにかにハマると自分の身の回りが一気に変わっていくのである。人との出会いや書物やら、とにかくありとあらゆるものが運命のように出現してくるのだ。
おそらく今まではまったく気にしていなかったから、ただ単に気づかなかっただけなのかもしれないけど(笑)。
あとは、なんとなく「マイブーム」であっても、実は近くの人達が同じタイミングで同じものに興味を抱いていたり。
そういうのって、実は普段の生活の中になんとなく「キーワード」がちりばめられていて、それを拾う同じような感覚の人が回りに多いからなのかもしれないし。
レコード屋や本屋に毎日のように行っていると(今は全然いかないけどね:笑)、やはり「その時の旬」みたいなのが存在して、それがなんとなく体の中に入っていき、気になってくるのかもしれない。
まぁいいや。
今回は書物のお話。
当時P−VINEから出ていた「ニュー・オーリンズR&Bトレジャー・シリーズ」のレコード解説やら、ライノ等のオムニバス盤に入っているミュージシャンの名前を追っかけて輸入盤を漁りまくることで、なんとなくおぼろげに音と名前が蓄積されてきた。
あとは全体の時系列や相関関係がわかれば、いろんなことが整理されてくるのであるが・・・・。
そんな折、「ミュージック・マガジン」で待ってましたとばかりに特集が組まれたのである!!
1987年の7月号。特集は「再訪ニューオーリンズ・ミュージック」だ。
今から考えると、たった27ページ、アルバム紹介も30枚ポッキリしかないのだが、とにかく今までなにひとつまとまった情報もなかった僕にとってはもう目から鱗だったのである!!!
もう何百回というほど読み直し、その30枚を探しまくり(実はまだ全部そろってないけど・・・)ますます泥沼にはまっていくのであった。
あぁMM誌、昔は役に立ってたなぁ(笑)。
それともう一冊大事な本がある。
ペリカンブックスから出ていたペーパーバックでJOHN BROVENという人が書いた「RHYTHM & BLUES IN NEW ORLEANS」という本。
これ、銀座の輸入本屋で見つけたのか、それとも向こうで購入したのか忘れてしまったが、とにかく読みまくったなぁ・・・・。
英文科在籍だった僕が初めて読破したペーパーバックが実はこの本。やっぱり興味がないと英文なんて読まないわな。そして知りたいという意欲があれば、なんとか読めてしまうもんなのであります(笑)。
これで全体像はつかめた!!!
そしてあとはそこから得た知らない音を、ひたすら探し当てる日々が続くのである。
余談であるが、この段階で、実はニュー・ウエイブ以前の70年代に日本でニュー・オーリンズ・サウンドが研究され、実を結んでいたなぞ知る由もなかったのでありますが(笑)。
張本人たちは細野晴臣、久保田真琴、大瀧詠一、そしてその関連の人々。
それを知るのはもう少し先になる。大学を卒業してからだ。それ故に「発見」したときのインパクトはあまりにも強力でしたよ〜
YMOを中学生の時リアルタイムで経験しながら「あれはでっかいラジカセを買ってもらえる裕福な家のお坊ちゃまが聴く、僕には縁のない音楽だ」と勝手に決めつけていた、キャッツ・アイの3万円のフォーク・ギターをかき鳴らす吉田拓郎と井上陽水とチャゲ&飛鳥を敬愛する田舎のフォーク少年は、そこにたどり着くすべは皆無だったのでありますよ・・・・
話は前後するが、MM誌の特集でとにかく気になった記事が「ジャズ&ヘリテージ・フェスティバル’87」というレポートだった。レポーターは文屋章氏。
通称「ジャズフェス」。4月の最終週〜5月の第1週にかけて行われる、2月のマルディ・グラに次ぐ当地の一大イヴェント。そして今やアメリカ最大の音楽フェスティバルかもしれない。
このレポートを読んだ時、僕の心にも火がついたのだ。84年のドクター・ジョン、86年のネヴィル・ブラザーズの各初来日もまったく観る機会など持つこともなかった僕としては、生でニューオーリンズ・サウンドを体験したのは実に少なかったのである。
思い出してみれば、第1回ジャパン・ブルース・カーニバルのジョニー・アダムス&アール・キング、そして愛知は豊橋で行われたブラック・ヘリテージ・フェスティバルのダーティー・ダズン・ブラス・バンドのみ。
・・・・あれ?
今調べてみたら両方とも86年だった。
けど、観た時には彼らを知っていた(はず)だから
とういうことは吾妻さんのライブを観たのは86年だったのか・・・・・
すみません、大訂正です!!!!
大学2年の時からハマッってたんですね(笑)。そう考えると、なんでネヴィルの初来日行ってないんだろ????
昔のことはやっぱり詳細まで思い出せないや・・・・・
まぁいいです。
とにかく僕にも火がついたのですよ。
これは行くしかないっしょ!!!!!
憧れの地、ニュー・オーリンズへ!!!!
ちなみにそのレポートを書いたB屋さんであるが
その後ひょんなことで知り合い、僕のバンド「大黒屋」を素晴らしいビートでロールしてくれた、故三宅さんの前のバンド「ジェリー・ロール・ベイカーズ」のヴォーカリストだったことが後に発覚した(笑)。
そして21世紀が10年も過ぎようとしている現在でも、僕の中では人生を変えてくれた勝手に「師匠」として、未だにお付き合いをさせていただいている。
三宅さんが僕に残してくれた「人」という「財産」にはいくら感謝してもしきれません。
Wタルさんにしてもそうだけど
いろんな人を紹介してくれて、そういう繋がりが今の僕を支えてくれている。
亡くなってしまったから余計にそういうことを感じてしまうのかなぁ???
けど本当にお金には替えられない、そういうことが僕の財産なんですよね。
ほんとうにありがとうございます・・・・・・
以下次号
いよいよ上陸です!!!
詳細検索
さてさて、本日も大学3年の時の続きです。
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不思議なもので、なにかにハマると自分の身の回りが一気に変わっていくのである。人との出会いや書物やら、とにかくありとあらゆるものが運命のように出現してくるのだ。
おそらく今まではまったく気にしていなかったから、ただ単に気づかなかっただけなのかもしれないけど(笑)。
あとは、なんとなく「マイブーム」であっても、実は近くの人達が同じタイミングで同じものに興味を抱いていたり。
そういうのって、実は普段の生活の中になんとなく「キーワード」がちりばめられていて、それを拾う同じような感覚の人が回りに多いからなのかもしれないし。
レコード屋や本屋に毎日のように行っていると(今は全然いかないけどね:笑)、やはり「その時の旬」みたいなのが存在して、それがなんとなく体の中に入っていき、気になってくるのかもしれない。
まぁいいや。
今回は書物のお話。
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あとは全体の時系列や相関関係がわかれば、いろんなことが整理されてくるのであるが・・・・。
そんな折、「ミュージック・マガジン」で待ってましたとばかりに特集が組まれたのである!!
今から考えると、たった27ページ、アルバム紹介も30枚ポッキリしかないのだが、とにかく今までなにひとつまとまった情報もなかった僕にとってはもう目から鱗だったのである!!!
あぁMM誌、昔は役に立ってたなぁ(笑)。
それともう一冊大事な本がある。
これ、銀座の輸入本屋で見つけたのか、それとも向こうで購入したのか忘れてしまったが、とにかく読みまくったなぁ・・・・。
英文科在籍だった僕が初めて読破したペーパーバックが実はこの本。やっぱり興味がないと英文なんて読まないわな。そして知りたいという意欲があれば、なんとか読めてしまうもんなのであります(笑)。
これで全体像はつかめた!!!
そしてあとはそこから得た知らない音を、ひたすら探し当てる日々が続くのである。
余談であるが、この段階で、実はニュー・ウエイブ以前の70年代に日本でニュー・オーリンズ・サウンドが研究され、実を結んでいたなぞ知る由もなかったのでありますが(笑)。
張本人たちは細野晴臣、久保田真琴、大瀧詠一、そしてその関連の人々。
それを知るのはもう少し先になる。大学を卒業してからだ。それ故に「発見」したときのインパクトはあまりにも強力でしたよ〜
YMOを中学生の時リアルタイムで経験しながら「あれはでっかいラジカセを買ってもらえる裕福な家のお坊ちゃまが聴く、僕には縁のない音楽だ」と勝手に決めつけていた、キャッツ・アイの3万円のフォーク・ギターをかき鳴らす吉田拓郎と井上陽水とチャゲ&飛鳥を敬愛する田舎のフォーク少年は、そこにたどり着くすべは皆無だったのでありますよ・・・・
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通称「ジャズフェス」。4月の最終週〜5月の第1週にかけて行われる、2月のマルディ・グラに次ぐ当地の一大イヴェント。そして今やアメリカ最大の音楽フェスティバルかもしれない。
このレポートを読んだ時、僕の心にも火がついたのだ。84年のドクター・ジョン、86年のネヴィル・ブラザーズの各初来日もまったく観る機会など持つこともなかった僕としては、生でニューオーリンズ・サウンドを体験したのは実に少なかったのである。
思い出してみれば、第1回ジャパン・ブルース・カーニバルのジョニー・アダムス&アール・キング、そして愛知は豊橋で行われたブラック・ヘリテージ・フェスティバルのダーティー・ダズン・ブラス・バンドのみ。
・・・・あれ?
今調べてみたら両方とも86年だった。
けど、観た時には彼らを知っていた(はず)だから
とういうことは吾妻さんのライブを観たのは86年だったのか・・・・・
すみません、大訂正です!!!!
大学2年の時からハマッってたんですね(笑)。そう考えると、なんでネヴィルの初来日行ってないんだろ????
昔のことはやっぱり詳細まで思い出せないや・・・・・
まぁいいです。
とにかく僕にも火がついたのですよ。
これは行くしかないっしょ!!!!!
憧れの地、ニュー・オーリンズへ!!!!
ちなみにそのレポートを書いたB屋さんであるが
その後ひょんなことで知り合い、僕のバンド「大黒屋」を素晴らしいビートでロールしてくれた、故三宅さんの前のバンド「ジェリー・ロール・ベイカーズ」のヴォーカリストだったことが後に発覚した(笑)。
そして21世紀が10年も過ぎようとしている現在でも、僕の中では人生を変えてくれた勝手に「師匠」として、未だにお付き合いをさせていただいている。
三宅さんが僕に残してくれた「人」という「財産」にはいくら感謝してもしきれません。
Wタルさんにしてもそうだけど
いろんな人を紹介してくれて、そういう繋がりが今の僕を支えてくれている。
亡くなってしまったから余計にそういうことを感じてしまうのかなぁ???
けど本当にお金には替えられない、そういうことが僕の財産なんですよね。
ほんとうにありがとうございます・・・・・・
以下次号
いよいよ上陸です!!!