祝!セインツ初優勝!!!
・・・といっても「アメリカン・フットボール」という名前なのに、ボールを蹴らない人間がたくさんいる競技を認めるわけにはいかないんですがね。まぁこれはまた別の話で。ね、K松君(笑)。
でもね、これで街が活気づけば素晴らしいことだと思います!!これでマルディ・グラ〜ジャズ・フェスの5月まで、この街はお祭り騒ぎなんだろうなぁ・・・・よかったよかった・・・・・。
*****************
さて、いよいよ会場の「フェアグラウンド」に足を踏み入れたのであります。
とにかく夢のような日々でした・・・・。それこそたくさんのライブに遭遇いたしました。この年で思い出せる有名ミュージシャンは・・・・
BBキング、ジェイムス・ブラウン、アル・グリーン、アルバート・コリンズ、リトル・フィート、ロス・ロボス、ウイリー・コロンなどなど
当然地元のミュージシャンもアホみたいに観れた。
アーマ・トーマス、ドクター・ジョン、アラン・トゥーサン、バックウィート・ザディコなどはもちろんだが
衝撃だったのはなんにも予備知識がなかったニュー・オーリンズの奇才ギタリスト、スヌークス・イーグリンだ。
今でこそ何度か来日し、日本でも知名度が上がったが、当時はそんな名前を口にする人達など周りには皆無であった。
たまたまブラブラしていたステージで次のライブのセッティングをしていたのだが、よくみるとベーシストは顔を知っている人だった。ミーターズのジョージ・ポーターJrだ。
「あ、ジョージだ!!ちょっと観てみようかな?」
と最前列の柵にもたれかかり、ステージが始まるのを待っていた。
現れたのはちょっと猫背の盲目のギタリストだ。
ギブソンのシンラインのフルアコを持って椅子に座る。メンバーは彼とジョージ、そしてドラムはハロルド・バティステJrの3人。
「なんか、渋いブルーズでもかますんだろうな」
なんて思ったら一発目の音からとんでもなかった!!!!
バリバリ!!!グギグギ!!!コケ〜〜!!!ピギャピギャピギャ!!!!!
とそのギターからは50年代全盛期のゲイトマス・ブラウンよりも凄いのではないのか、と思わせるくらいのギンギラギンのギター・サウンドが飛び出してきたのであります・・・・・
しまいには背中でギター弾き始めるし
もう笑うしかなかった。あまりにも素晴らしすぎて(笑)。
僕の中では最大の「発見」でした。
帰国してから、それこそみんなに彼の名前を言いふらした。
「スゲーよ、スヌークス!!!おったまげたっすよ・・・」
その後、渋谷芽瑠璃堂で「発見」した彼のインペリアル時代のアルバムはそれこそ擦り切れるくらい聴いた。
ほどなくして、BLACK TOPというレーベルから彼の新作アルバムが次々と出されるようになった。
そりゃ、あれだけ凄いライブやってたらみんな放っておかないよなぁ。
******************
それから初めて観たマルディグラ・インディアン、ザ・ゴールデン・イーグルスのライブも衝撃でした。きらびやかなインディアンの衣装でパーカッションとチャントのみで繰り返されるコール&レスポンスはまさにカオス。もう僕はトランス状態(笑)。
YouTubeの映像では、ゴールデン・イーグルスのライブ映像はバンド演奏しかなかったので、他のマルディグラ・インディアンのライブを載せときます。こんな感じだったなぁ・・・・
それから忘れられないのは・・・・
会場の中をザリガニをしゃぶりながらブラブラ歩いていたら、どこからともなく管楽器と太鼓の音が聞こえてきた。
それがどんどんこちらのほうに近づいてくるのだ。
僕も音につられて近寄っていった。
すると、それはなんとダーティー・ダズン・ブラス・バンドが会場の中をパレードしていたのだった(笑)。
当然ノーマイクで。そのまま昔ながらのマーチング・スタイルでのパレード。大勢の人を引き連れてフォンキーなサウンドを奏でていたのだ。
僕もその人の群れに紛れ込んで、オーリアンよろしく大パレードだ!!
これまたバンドは違うけど、まさにこんな感じでした。
こんなの体験したら人生観変わりますよ、ほんと(笑)。
最近のDDBBはドラム・キットを入れたりギターを入れたりで随分様替わりしたが、あのファンキーさは健在である
目当てのアーティストがいない場合は、よく「ゴスペル・テント」で時間を潰した。
ここでは地元のゴスペル・クワイア(合唱隊)が延々と唄い続けているのだが、上手い下手とか関係なく、そのエネルギーに圧倒され続けた。
僕は無宗教だけれど、これを体験するといろいろ考えちゃいますね(笑)。これは「アリかな?」と。。。。文化の違いをまざまざと感じましたねぇ。
会場でのライブがない時は、フレンチ・クーオーター内を散策して、ストリート・ミュージシャンとジャムったり喋ったりしていた。
ある時、ジャクソン広場の一角で演奏する若い奴らのブラス・バンドに出くわした。
演奏は非常に拙いものだったが、なんか微笑ましくてズ〜ッと聞き入っていた。
終わったあとリーダらしきトランペッターが話しかけてきた。僕と同じ歳だったかな?
「どうだった?俺たちの演奏は????まだまだだけど、俺たちはやり続けてビッグになるんだ!!俺たちの名前を覚えていてくれよ!!!!」
・・・・帰国後、いつものように芽瑠璃堂に寄ると、見慣れないブラスバンドのレコードがあった。
ジャケットにはどこかで見た顔が・・・
「あ、彼らだ・・・・」
アーフリーから出ていたそのレコードのリリース年は1984年。レコード出してたんだ〜!!
そのバンドの名前は「リバース・ジャズ・バンド」後のリバース・ブラス・バンドだった。
演奏はホントに拙いけど(笑)、僕はこのレコードが大好きだ。「気持ち」が感じられるんだよな、なんか。
僕と話していたのはカーミ・ラフィン。
彼は今や「21世紀のサッチモ」と言われるくらいのニュー・オーリンズを代表するトランペッターになった。
おめでとう!!凄いなぁ・・・・・・「継続は力なり」だね。
以下次号・・・・・
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祝!セインツ初優勝!!!
・・・といっても「アメリカン・フットボール」という名前なのに、ボールを蹴らない人間がたくさんいる競技を認めるわけにはいかないんですがね。まぁこれはまた別の話で。ね、K松君(笑)。
でもね、これで街が活気づけば素晴らしいことだと思います!!これでマルディ・グラ〜ジャズ・フェスの5月まで、この街はお祭り騒ぎなんだろうなぁ・・・・よかったよかった・・・・・。
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さて、いよいよ会場の「フェアグラウンド」に足を踏み入れたのであります。
とにかく夢のような日々でした・・・・。それこそたくさんのライブに遭遇いたしました。この年で思い出せる有名ミュージシャンは・・・・
BBキング、ジェイムス・ブラウン、アル・グリーン、アルバート・コリンズ、リトル・フィート、ロス・ロボス、ウイリー・コロンなどなど
当然地元のミュージシャンもアホみたいに観れた。
アーマ・トーマス、ドクター・ジョン、アラン・トゥーサン、バックウィート・ザディコなどはもちろんだが
衝撃だったのはなんにも予備知識がなかったニュー・オーリンズの奇才ギタリスト、スヌークス・イーグリンだ。
今でこそ何度か来日し、日本でも知名度が上がったが、当時はそんな名前を口にする人達など周りには皆無であった。
たまたまブラブラしていたステージで次のライブのセッティングをしていたのだが、よくみるとベーシストは顔を知っている人だった。ミーターズのジョージ・ポーターJrだ。
「あ、ジョージだ!!ちょっと観てみようかな?」
と最前列の柵にもたれかかり、ステージが始まるのを待っていた。
現れたのはちょっと猫背の盲目のギタリストだ。
ギブソンのシンラインのフルアコを持って椅子に座る。メンバーは彼とジョージ、そしてドラムはハロルド・バティステJrの3人。
「なんか、渋いブルーズでもかますんだろうな」
なんて思ったら一発目の音からとんでもなかった!!!!
バリバリ!!!グギグギ!!!コケ〜〜!!!ピギャピギャピギャ!!!!!
とそのギターからは50年代全盛期のゲイトマス・ブラウンよりも凄いのではないのか、と思わせるくらいのギンギラギンのギター・サウンドが飛び出してきたのであります・・・・・
しまいには背中でギター弾き始めるし
もう笑うしかなかった。あまりにも素晴らしすぎて(笑)。
僕の中では最大の「発見」でした。
帰国してから、それこそみんなに彼の名前を言いふらした。
「スゲーよ、スヌークス!!!おったまげたっすよ・・・」
ほどなくして、BLACK TOPというレーベルから彼の新作アルバムが次々と出されるようになった。
そりゃ、あれだけ凄いライブやってたらみんな放っておかないよなぁ。
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YouTubeの映像では、ゴールデン・イーグルスのライブ映像はバンド演奏しかなかったので、他のマルディグラ・インディアンのライブを載せときます。こんな感じだったなぁ・・・・
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それから忘れられないのは・・・・
会場の中をザリガニをしゃぶりながらブラブラ歩いていたら、どこからともなく管楽器と太鼓の音が聞こえてきた。
それがどんどんこちらのほうに近づいてくるのだ。
僕も音につられて近寄っていった。
すると、それはなんとダーティー・ダズン・ブラス・バンドが会場の中をパレードしていたのだった(笑)。
当然ノーマイクで。そのまま昔ながらのマーチング・スタイルでのパレード。大勢の人を引き連れてフォンキーなサウンドを奏でていたのだ。
僕もその人の群れに紛れ込んで、オーリアンよろしく大パレードだ!!
これまたバンドは違うけど、まさにこんな感じでした。
こんなの体験したら人生観変わりますよ、ほんと(笑)。
最近のDDBBはドラム・キットを入れたりギターを入れたりで随分様替わりしたが、あのファンキーさは健在である
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目当てのアーティストがいない場合は、よく「ゴスペル・テント」で時間を潰した。
ここでは地元のゴスペル・クワイア(合唱隊)が延々と唄い続けているのだが、上手い下手とか関係なく、そのエネルギーに圧倒され続けた。
僕は無宗教だけれど、これを体験するといろいろ考えちゃいますね(笑)。これは「アリかな?」と。。。。文化の違いをまざまざと感じましたねぇ。
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会場でのライブがない時は、フレンチ・クーオーター内を散策して、ストリート・ミュージシャンとジャムったり喋ったりしていた。
ある時、ジャクソン広場の一角で演奏する若い奴らのブラス・バンドに出くわした。
演奏は非常に拙いものだったが、なんか微笑ましくてズ〜ッと聞き入っていた。
終わったあとリーダらしきトランペッターが話しかけてきた。僕と同じ歳だったかな?
「どうだった?俺たちの演奏は????まだまだだけど、俺たちはやり続けてビッグになるんだ!!俺たちの名前を覚えていてくれよ!!!!」
・・・・帰国後、いつものように芽瑠璃堂に寄ると、見慣れないブラスバンドのレコードがあった。
ジャケットにはどこかで見た顔が・・・
「あ、彼らだ・・・・」
そのバンドの名前は「リバース・ジャズ・バンド」後のリバース・ブラス・バンドだった。
演奏はホントに拙いけど(笑)、僕はこのレコードが大好きだ。「気持ち」が感じられるんだよな、なんか。
僕と話していたのはカーミ・ラフィン。
彼は今や「21世紀のサッチモ」と言われるくらいのニュー・オーリンズを代表するトランペッターになった。
おめでとう!!凄いなぁ・・・・・・「継続は力なり」だね。
以下次号・・・・・